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2015年10月22日

ぎんなんの実について思ったこと。

家の近くで
銀杏の実が鈴なりです。

見上げてもびっしりだけど
木のまわりにもいっぱい落ちています。

公園の入り口にも落ちていて
朝、イヌを連れて散歩に行く時
うっかりしていると踏みます。

ここに、1つの短いストーリーがあります。
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私は公園に入りました。

   銀杏の実を踏んで靴がくさくなりました。

   公園を避けて歩くようになりました。
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この「銀杏で靴がくさくなる(嫌な事)」は行動学的に言うと

罰(Punishment)

と呼ばれる要素になります。

罰とは、
『ある特定の行動が再度起こる確率を低くする要素』のことを指す専門用語です。

『公園に行く』が【行動】で
『銀杏で靴が臭くなる』が【罰】

こんなややこしい言い方をしなくても
嫌なことが起こったから、その行動をやめる。
シンプルな構図です。

ですが、実はシンプルではありません。

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私はしばらくすると
銀杏の実があることを忘れて公園の入り口を通りました。

銀杏を踏みました。

くさいけど、大したことはないなぁと感じました。

翌日の朝も、公園に行きました。
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この時点で

以前は罰(Punishment)だった要素は
もうなんの効力もありません。

また
「銀杏の簡単な処理法を知っているよ。銀杏って日本酒に合うんだよね。」
と言う友人に出会った後に
その公園の近くを歩けば

銀杏がある公園=いい事
つまり、罰(Punishment)とは真逆の効力があります。

この例では
私が公園に入ろうが入らなかろうが
特に誰かが困るわけではないため

銀杏が罰になろうがなかろうが大した問題ではありません。

でも、イヌのトレーニングでは
「ある行動を減らすために罰」
言い方を変えると「叱る」場面にある時
多くの方が悩まれます。

叱っているつもりがかえって興奮した。
叱っているつもりが怖がってしまい、パニックになった。
叱っているつもりが楽しそうにじゃれてきた。

人が思う罰が、絶対的ではない。
から困るわけです。

「叱る」のは絶対的な力があると考える方もいるし
上手なさじ加減で「叱る」方もいます。
だた、「叱っているつもり・・・」はイヌにとっても、人にとってもあまりいい状況ではありません。

また、罰は時と場合によっては
「馴れてしまう」がために
効果がなくなることがあることは、気に留めておいてもよいかもしれません。

私は
イヌのトレーニングの時に「絶対に叱らない」という方針ではないし、むしろ
イヌの行動を「止める」手段を飼い主が持つことはものすごく大事だと思っています。

ただし止める時
3つの事を意識しています。
  1. ちょうどいい力加減で止める(イヌを怖がらせると別の問題を引き起こすことがあります)
  2. ちゃんと止める(1とのバランスが大事)
  3. 別の日に、同じ状況になった時、まず様子を観察する。(その罰が効果的だったら再発度は減ります) 
1の「ちょうどいい」も
2の「ちゃんと」も
なんとも心もとない説明です・・・。(ゴメンナサイ!)
ですが3は、観察眼を養うきっかけになると思いませんか。

うまくいかないことはありますが
そんな日は

焼いた銀杏と日本酒で
ひとやすみ。

そんな心構えでトレーニングに取り組みたいと
思った秋の夕方でした。