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2025年2月13日

壊れたガスコンロとにらめっこ

 「直ったー!!!」

思わず大きな声を出した飼い主を、横で昼寝していた犬が見上げました。

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こんにちは。トレーナーの馬場です。

普段は愛犬のお散歩課題や、室内マナー、お留守番練習のお手伝いをしています。

先日、相棒犬を連れて家の近くの山に登り、山頂で食べるはずのカップうどんが食べられるかどうかの瀬戸際に立ちました。
他にも、非常食はカバンにたくさん詰めてあるので、困るわけではないけど、寒い日の熱々うどんを期待してもくもくと歩いてきた私は、ガスコンロの火が着かないことに困惑していました。

登山用のガスコンロとは、小さな鍋のお湯を簡単に沸かせる小型のコンロです。私のガスコンロは、着火部分の部品のねじが外れてしまい、小さなねじと、どうくっつくのか不明の部品が、携帯用袋の中に転がっていました。

私は、しばらく部品たちとにらめっこをして「無理だ…」「いやもしかすると…」とパズルに取り組みました。相棒犬は、山頂の芝生部分で寝転ぶと、ぽかぽかの日に目を細めてお昼寝を始める気配です。

冒頭に叫んだ通り、ガスコンロの部品は無事に元の位置に戻り、着火しました。自分で直そうとしていたのにも関わらず、私は直ってびっくりしていました。いつもよりも、カップうどんが美味しく感じたのは、言うまでもありません!

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さて、ガスコンロの修理と、愛犬のトレーニングはさすがに関連性はないだろうと思われたと思います。もちろん関係ありません。犬はガスコンロを使いません。

今日お話ししたいのは、犬のトレーニングには「強化子」と呼ばれる「行動を増やす」要素があり、それは2パターンあるということについてです。

1つ目は「ごほうび」と呼ばれるものの存在。
犬にとって「うれしいもの/楽しいこと」がある行動の後に出てくること。これを専門用語では「正の強化」と呼びます。

もう1つの方は、真逆の要素です。犬にとって「嫌なこと」が行動の後になくなることを指します。これを専門用語では「負の強化」と呼びます。

実は、学習者にとって素早く行動するのは「負の強化」であることさえあります。
山の上での私の行動も

「自分が持ってるガスコンロをまだ捨てたくない」
「食べられるはだった、うどんを食べずに山を降りたくない」
そんな気持ちから、慌てて修理していて、かなり集中して取り組んでいます。

負の強化の例、もういくつか挙げてみましょう。
今まで後回しにしていた歯医者への通院。昨日から急に奥歯が痛みだして、ずっとズキズキしている…。いますぐ診てもらいたいと即座に電話に手を伸ばす。

夜仕事に疲れ果てて、バタバタと夕飯の支度をする。手際よく野菜炒めを作って、お皿に盛りつけた。テーブルに着く前にささっとフライパンも洗ってしまおう。いつもならそんな失敗はしないのに、うっかり金属部分に触れてしまい、悲鳴を上げる。慌てて冷凍庫から氷を取り出し、ひりひりする人差し指の付け根と手のひらを氷水で冷やす。

2つの例は、もっと明らかな「痛み」や「不快感」があったため、それをなくすための行動を選択している場面です。

私たち人間は「負の強化」によって、選択した行動を幾度となく経験しています。

そのため、愛犬も嫌なことがあったら「正しい行動」を選択して「嫌なことを避けることができるはず」とつい思ってしまうのではないでしょうか。

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爪切りが嫌で咬む…(じっとしていたら、すぐに終わるのに)

リードを着ける時に咬む…(じっとしていたら、すぐに楽しいお散歩が始まるのに)

診察時に獣医さんにうーっと唸る(じっとしていたら、痒みに効くお薬処方してもらえるのに)
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犬が「嫌だ!!」と咬んだり唸ったりする状況に気づかない飼い主さんはいないです。
子犬の飼い主さんは
「まだ馴れていないからだ」
「少しずつ馴れたらいいんだ」
と、見守る時間もきっととっています。でも、この「まだできない」がいつまで続くのか…の不安は少しずつ大きくなってくる。


特にお手入れも診察も困ってないワンコを見たり、周りのワンコの話を聞くことで、なおさらそう感じるかもしれません。「うちのコだけが、以前よりも過剰に反応(実際に強く咬む)」と感じたら、飼い主さんが不安に感じるのは当然です。

ここで、1つ「負の強化」について再度考えていただきたいことが2つあります。

1つ目が、「嫌なこと」をなくすための行動が、能動的か受動的であるかの違いです。上記に挙げた「電話をかける」「冷水で冷やす」「ガスコンロの部品を組み立てる」は動作が伴う、言い換えると能動的です。一方で、犬の状況では、私たちがこうしてくれたらいいのに…と思う行動は「じっとする(動かない)」言い換えると受動的であることが依然として多いんです。

2つ目の違いは行動の後の結果を、人は知っているけれど、犬は知らなかったり、誤解している状況があるということです。

人の場合でももちろんすべてが動作が伴うなわけではありません。歯医者の例で言うなら、歯医者の予約をした後は、治療中じっとしていなければなりません。

人だって常に「正しい行動」の結果をしっているわけではありません。歯医者さんの治療の音や薬品の匂いがどんなに苦手でも、自分の歯の痛みを取り除く手段として知っている人なら治療を受けるでしょう。一方で、小学生の子供は、歯が痛くても、自分で歯医者に行くことはせず、親御さんが連れていくでしょう。

火傷の例にしても、生まれて初めて火傷したなら、冷やすのか、塗り薬が必要なのか、病院に行くのか、の行動で迷ったり、行動自体をすぐに選択できないかもしれません。
こちらは「じっとしている(ただ何もしない)」だと、逆に火傷の炎症がひどくなってしまう危険だってあります。

犬が「痛み」や「何が起こるかわからない不安」に向き合う時、大事なのは、犬が「すぐに行動する」ことでも、飼い主さんが「急いで(慌てて)行動する」ことでもないんです。

大事なのは、行動する前に1秒、考える余裕を犬が持てること、もしくは犬が落ち着くように飼い主さんが手伝うことなんです。

”飼い主さんが冷静に決断するための
「一時停止ボタン」を作るお手伝いをさせて下さい!”

今月からお伺いすることになったお家で、そんな説明を口にした時

私は少し前の登山での出来事と、最近通い出した歯医者のことを思い出していました。
私自身が普段「一時停止ボタン」を押し忘れて、バタバタと動いている時がある…
避けることもできた「痛い思い」を何度も繰り返している…

心の中で反省しつつ、再度前を向きました。
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山頂では、カップ麺を食べている飼い主の横で
相棒犬はもう一度目を細めると、お腹によく日が当たる位置に寝なおしました。