February 10, 2019

専門用語に馴れよう2(転移行動)

お散歩中の愛犬が

急にくるくる走り回ったり
穴掘りを始めたり
変にはしゃいで飼い主の服を甘噛みする時

犬のトレーニングについて、勉強されている飼い主さんはこういいます。
「その行動の直後に何か、いい結果が伴ったからだ」と

何かいい結果が伴う行動を、再度繰り返す学習のことを
「オペラント条件付け」と呼び
行動の頻度が増えることを「強化」と呼びます。

何か利得がある結果が伴うと、同じ場面で同じ行動を繰り返す。
犬だけじゃなく、人間だってあります。

犬が行動を繰り返す時
何かしらの結果によって強化されている可能性は否定できないのですが…。
犬の行動のすべてを「強化」だけで説明できないことがあります。

私が先日手にした動物行動学についての書籍には、興味深い記述がありました。
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“多くの行動の発現中枢は、互いに抑制し合っているが、外界からの刺激を受けて、その場にあった行動の中枢が優勢になって発現している。しかし、葛藤状態では、その場にあったいずれの行動も発現できないため、本来なら、抑えられていた行動が脱抑制されて発現する。”(小林、p50) 
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短くまとめると
「葛藤状態にある時、動物は何か変な行動をとる」
ではないかと思います。

その一例として挙げられるのがカモメの行動です。
実は、カモメは巣のまわりの特定のエリアでは、縄張り争いをする代わりに
「草を嘴でくわえて強く引っ張る行動」
「くちばしで地面を激しくつつく行動」
をとるそうです。



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”これ(地面をつつく行動)は、巣を中心とする直径5Mの円の円上、つまり縄張り境界線付近で観察されます。 
動物行動学者のティンバーゲンは、縄張りの境界線付近では、攻撃と逃避のふたつの衝動によって、カモメは葛藤状態であると説明します。自分の縄張りを意識するなら攻撃を、相手の縄張りを意識するなら逃亡を選択するが、それぞれの衝動が互いに抑制をかけあって、どちらの行動も完全には遂行できない時にこの「転移行動」が現れると推測しています。 ”
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逃げたい時、相手を追い払いたい時に、草をくちばしで引っ張っても、地面をつついても、意味がないけれど、ついしてしまう…。
何か困った時に頭をかきむしってしまう人間の行動にも少し似ています。 


 オシドリのオスがメスに対して行う求愛行動は、さらに興味深い事情があります。
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オシドリのオスは、メスに求愛する時、目立つ模様の羽を見せるという行動をとるのですが、これも転移行動から発展したものと推測されています。
オスは見知らぬ個体に接近することに伴う怖さがあるが、接近しないわけにはいかない。怖さが引き起こす逃避衝動と、求愛のための接近衝動が衝突します。オシドリの祖先は、そんな状況下で転位の「羽繕い」し、その後徐々に「メスからよく見える部分の羽に目立つ模様が発現する」ということが起こったのではないかと考えられるというのです。 
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オシドリの話から
犬に話を戻しましょう。
愛犬の問題行動に対して
場合によっては
「葛藤して変な行動をとっている」
と気づく視点が役立つことも多くあります。

例に挙げた転移行動(走り回る・服を咬む等)よりも深刻な問題に
犬の転嫁咬み(転移咬み)と呼ばれる行動があります。

犬が恐怖、痛み、不安など最高潮に達した時
目の前にある物を思わず咬んでしまったといった、パニック状態を指します。

噛みの抑制を学習した犬も
普段のんびりしたコでも
起こりうる咬みです。

この状態の犬は、噛む対象物を選んでおらず
本来はその状況から逃げたい…場合にも起こます。

転嫁攻撃性を起こした犬を責めたり叱ったりすることは意味がありません。
飼い主からのフィードバックを「怖いもの」と結びつけた場合、却って状況を悪化させることさえあります。

ただここで、1つ大事な注意点を付け加えておきます。
すべての「葛藤をとりのぞく」ことが犬のためと考えると私たちは壁にぶち当たります。

例えば
リードが葛藤の原因ならば、リードをなくす?
扉が葛藤の原因なら、すべての扉をオープンにする?
近づきたいものには、相手が嫌がっていても近づいてしまう?

葛藤をすべてなくそう」は
問題解決にはつながらない場面がたくさんあります。

リードやドアは1つの例に過ぎませんが
小さな「制限」を習得することは
逆に「葛藤」に強くなるきっかけにつながることもあるのではないかと私は思います。

「制限」を「我慢の限界」に持ってくるのではなく
「まぁこういう範囲でやっていこう」にもってくる、さじ加減。

「転移行動」について知った上で
「制限」についても犬が学習できるようサポートしていくことも
飼い主さんや、トレーナー、そして周りの人たちの役割なんだと思います。


参考文献
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「ヒトはなぜ拍手をするのか―動物行動学から見た人間」
小林 朋道 (著)
新潮選書
2010年発行
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