犬にとっても。
ヒトにとっても。
できなかったことができることが面白いのかなと思います。
ヒトは犬に対して
『もう少しでできる…!がんばれ!』
と応援の気持ちで見守っています。
ところが、そのヒトの熱意は
時として、犬に対して伝わる時、違う風に伝わります。
なんていうか…【プレッシャー】という言葉が当てはまりそう。
犬がどうにも、いつもと違って動きが悪くなる場面を、ふと思い出した方もいるのではないでしょうか。
レッスンの場ではそんな緊張をリセットするのは
本来、トレーナーの私の役割のはずなのですが
時折、飼い主さんの機転に助けられたりします。
少し前の訪問レッスンのことです。
お家でもできるゲームの1つとして、【足くぐり練習】を始めて、3分。
ワンコの動きが著しく悪くなってきました。
…1歩1歩の動きが異様にゆっくり。
…こちらを見ない。見てもすぐに目をそらす。
…練習のスタート地点から、10センチ、20センチと離れて行く…。
「…ちょっとだけ、休憩しましょう」
と口にしたとき、私はどう気持ちのリセットしたらよいか
困惑していました。
そんな私の焦った気持ちをリセットしてくれたのは
他ならぬワンコの飼い主さんでした。
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「うち、家族でよくお笑い番組を見るんですよ。
最近の一番のお奨めはリンゴちゃんなんですが、知ってますか?」
「お笑いは私も好きですが、リンゴちゃんは初めて聞きます。
コントですか?漫才ですか?」
「動画見てみます?」
そうして、私は
高くて可愛らしい声で話す女装したタレントさんが
野太い声で海援隊の歌を熱唱するさまを見て、思わず画面をじっと見ました。
「…すごい…」
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飼い主さんも、私も
ちょっぴりトレーニングのことを忘れて談笑していました。
そうこうするうちに
ワンコは飼い主さんの横に敷いてあったマットにちょこんと座り直しました。
ヒトの目線が犬の行動に与える影響力って
多分、私たちが認識するよりもずっと大きいんです。
臭気追跡を行う作業犬のトレーニングにおいても、ヒトの目線によって犬の行動が左右された、言い換えると、作業を失敗した例は見られます。
アメリカの遺体捜索作業を手助けする作業犬についての著書で、カット・ワレンは訓練中のジャーマン・シェパードのソロの行動を、その例に挙げています。ソロは、特定の臭気の元にたどり着くと、オスワリをしてハンドラーに知らせるように訓練されていますが、ある訓練の日、原臭ではない場所で「偽の合図」を出します。
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ソロは首をひねり、宙返りするように飛び上がると、ゴミ箱の方に舞い戻ってきた。鼻をひくひく動かし、匂いを特定しようとしているようだ。おなじみの手順だ。私はソロに歩み寄って立ち止まると、ほれぼれと眺めた。ソロは私の目を見つめ、私はそこに立ったまま、ばかみたいにその目を見つめ返した。するとソロがいつもの座り込む合図の姿勢になり、うれしそうに私を見上げた。なんだか妙だ。
…それは私の過ちだった。誤ったタイミングで歩調をゆるめ、ソロを見つめてしまったことで、偽の合図を引き出してしまったのだ。無意識のうちにとはいえ、本来はすべきではないことをするよう、そそのかしたことになる。
(カット・ワレン, p190)
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その後の訓練によって、ソロは、「人の視線に対する抵抗力(p193)」、つまりハンドラーや周りの人が彼の作業に注目している時にも、作業の集中を切らさない能力を培っていきます。
しかしながら、ソロのハンドラーのカット・ワレンは、特定の場所を捜索する時、ソロが遺体の痕跡などの臭気に集中できるよう、一緒に働く捜査官たちに少し離れた場所で待機してもらうよう、頼むこともあるそうです。
家庭犬のトレーニングにおいても、家族や来訪者の視線が
犬の特定の行動をうっかり引き出していたり、その行動を続けさせてしまっているようなことはあるのでしょう。私自身、相棒犬、そして他のワンコたちと向き合う時、自分の視線を意識している時と、無意識の視線があるなぁ…とその日のことを思い出しました。
隣で鼻をぴくぴく動かしながら昼寝をする相棒犬にふと目を向けると、白目をむいて寝ているのですが、仰向けです。「変な犬だ…」と独り言ちながら、私は再度机に向き直りました。
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参照
「死体捜索犬ソロが見た驚くべき世界」
カット・ワレン(著)
日向やよい (訳)
出版社:エクスナレッジ
発行年:2014年5月
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